去る2月12日(土)東京・港区「女性と仕事の未来館」において、FJC協会主催の(後援:東京商工会議所)基調講演とタウンミーティングが開かれました。 テーマは「女性FJCへの期待とその役割を考える」。FJC協会理事でもある3女史が、協会を支える立場から女性FJCへの期待を交えつつ、FJC活動の必要性や可能性、課題等について論じました。
今、日本の高齢者の住宅はどんな時代を迎えているのでしょうか。 全体的には高齢化の進行にしたがって、ハードに関する法律が着々と整備されてまいりました。 住宅に関しては2000年に「品確法」、2001年には「高齢者居住安定法」が制定され、住宅政策がサラリーマンの持ち家政策オンリーだった時代から、住宅を“人生100年の器”、つまり“終の棲家”と捉え、介護・福祉という視点で融合し始める時代になった、というのが現状でございます。 私は今、72歳ですけれど、60〜70代の友だちの間で流行っているのが『老いての引越し』です。 考えようによっては、『老いての引越し』は、高齢期の生き方をひっくり返すくらいの大きな変化といえます。 私どもが「高齢社会をよくする女性の会」を設立した1980年代頃、住宅に関しては「老木は移さず」という意見が一般的でした。移し変えると老木は枯れちゃうことがありますから。 これはある意味、今の時代でも真意であります。 高齢者介護の3原則の1つに“継続性”がありますけれど、施設に入ることにより人生の継続性がパタッと断ち切られてしまう。 老いても今まで暮らしていた地域で暮らすことができるようにすべきじゃないか……こういう意見が介護保険に繋がっていったのでございます。 しかし、その頃、実は高齢者の移動が全国的に見ても多かったんです。 私がゴールドプラン作りに関わった東京の町田市で見てみると、後期高齢者の中でも80代以上の移動が大変多く、“呼び寄せ老人”とか“引き取り老人”などと呼ばれました。 ホームヘルパーが全国に1万人もいなかった時代です。高度経済成長のもとで都会に出て行き、持ち家を構えた子どもたちが、介護が必要になった郷里の親たちを都会に呼び寄せる。これが1980年代の高齢者の移動だったんです。 しかし、今の移動は明らかに違います。 いわば、老木が自分勝手に根から足を生やして動いているという感じですね。 高齢者自身が発案し、オーダーし、住宅を改造したり、新たな住宅を探したり……。動くことに自発性、主体性がどれほどあるかということで見ていけば、よろしいとは思うのですけれど。
自分の身体が虚弱化したら、どういう住まいで介護を受けたいか――。 2002年に行われた「高齢者の住宅と生活環境に関する意識調査」によりますと、1位が「現在の住宅にそのまま住み続けたい」で36%。次に、「現在の住宅を改造し住みやすくする」が21%、「介護専門の施設に入居する」が14%。びっくりするほど変化があったのが、「子どもの家で世話をしてもらう」で、なんと5.8%しかいません。(※施設入所希望者は除外) この調査結果から、自分の家を改造してでも住み続けたいと思っている高齢者が多いということがわかります。 私も、引っ越さないで今の家に住み続ける決心をしましたが、家を建てたときにはなかったものが付いております。 それは“手すり”でございます。 私は変形性膝関節炎という病気なんですけれども、大晦日にらせん階段で膝を痛めまして、階段、風呂場、台所に手すりを付けたんです。 随分違いますね。手すりがなかったら、私は今の家に住むことはできないと思います。 住まいというのは生活を包む器であると同時に、そこに住む人の命を奪い、健康を奪う凶器にもなります。 ご存知のとおり、転倒事故が一番多いのは屋内ですよね。日本の今までの住まいは凶器だらけなんですよ。上がりがまち、風呂場、浴槽……サバイバル住宅といえます。 今や要介護状態になっても、今までの家に住み続けていくにはどうすべきかということを視野に入れざるを得なくなっています。 結局、政府もそうですけれど、人生50年か60年でしか住宅の政策をしていなかったんです。 人生はすでに50年から100年に構造改革しちゃってるんです。住宅も人生100年型に構造改革していかなければなりません。 高齢期を生きるというのはビックリ箱みたいですね。次から次へいろいろな状況が出てきます。 「手すり権」というのも考えなければなりません。 このまま少子化が続けば、21世紀の半ばには国民の4割が高齢者になります。 高齢者すべての足腰が不自由になるわけではありませんが、今の手すり数では絶対に足りなくなります。階段の真ん中にもう2〜3本手すりを取り付けるとか、エスカレーター・エレベータ―を増やすなど、「手すり権」を競い合わなくても済むように解決策を講じる必要があると思います。
このように、私たちは今新たな『引越し』を迫られるようになりました。 こうした『引越し』というのは、政策的にも進められております。 厚生労働省の私的諮問機関である高齢者介護研究会の報告書「2015年の高齢者介護」に提示されているのは、高齢者が安心して住める住まいへの『早めの引越し』です。 高齢者は動かずではなくて、早めに見通しを立ててバリアフリーの住宅や、介護サービス付きの住まいに動くことを奨励しています。 一方、矛盾しているんですが、在宅での生活を継続していくために、『24時間・365日のサービスを提供』するということも提言されています。これが実現すれば、地域全体が施設になり、道路が廊下になっていく仕組みをつくることができるんですよ。 私は以前から、「家族がそばにいることが前提とされた介護は“在宅”ではなく、“在家族”である」と言ってきました。私は、自分自身が生活の主人公となる物理的・心理的空間が確保されている状況を在宅と呼びたい。 施設はもしかするとその一部分しか提供されていないのではないでしょうか。 在宅か施設かという二元論を完全に乗り越えて、施設もまたその人が生活の主人公である空間が確保された場所になる必要がある、と私は思うのであります。 介護保険制度の施行から4年が経ち、玉石混淆のさまざまなバリエーションの施設が出てきています。新規参入も多く、それはもう戦国時代といってよいほどです。 ある意味、今の高齢者向けの住宅には『交通整理』が必要です。 その交通整理と相談にあたる人が、住宅と福祉に関しての知識をもつ福祉住環境コーディネーターだと思います。 高齢者のライフスタイルとこれからのライフプラン、そして家族関係とを重ね合わせながら、複雑化する住まいの交通整理をする人が、ますます求められてくるのではないでしょうか。